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突然銀行内に女の声が響き渡った。彼女の後姿に見惚れていた私は現実に引き戻された。どうやら声の主は自分の前で銀行員と話をしていた女のようだ。静まり返った銀行でまた女の声。
「早くしろ!」
この女、右手にナイフを持ち、銀行員に突きつけている。喉元にぴたりとナイフがついているので、銀行員は動けないのだろう。女がナイフを少し引っ込めると、それが合図だったかのように銀行員がお金を取り出し始めた。そして、手近に札束を掴んで手渡した。
それを女は黙って受け取り、かばんに入れる。そして踵を返し走り出した。
その進路は真っ直ぐ自動ドアを向いていたが、その進路を遮るように彼女が立っていた。偶然、直線上に彼女が立っていたのだ。彼女も驚いたように身をすくめている。スピードに乗った女は避けきれずに彼女にぶつかった。
彼女も銀行強盗の女もバランスを崩してしりもちをつく。強盗は素早く体勢を立て直し、ぶつかった衝撃で落としたかばんを拾い上げ走る。
強盗の足元でカラーボールが爆ぜる。ナイフを突きつけられていた銀行員が投げつけたようだ。続いてもう一つ。今度はわずかに左にそれる。
その間に強盗は屋外に逃げる。そして、入り口の前に停められていた車に飛び乗ると、車はそのまま走り去ってしまった。
過ぎ去る車から目を離し、しりもちをついたままの彼女を見る。自然に手が出た。
「大丈夫ですか?」
出来る限り紳士的に手を差し伸べ、彼女を起こす。
「はい、なんとか」
特に怪我はしてないようだ。
「でも、目の前で強盗なんてびっくりしましたね」
未だに自分の鼓動も速いが、必死に自分を落ち着かせようとする。この鼓動の速さはなにも強盗のせいだけではないだろうけれど。
「そ、そうですね」
彼女はまだ緊張しているようだ。強盗にぶつかったのだから仕方ないのかもしれない。
「とりあえず、一度外に出ましょう。外の空気を吸えば多少は落ち着くでしょうし。それに、強盗現場なんかに長居したくはないですから」
「そうですね、そうしましょう」
外に出て、何か飲むことを提案し、近くの喫茶店に行くことになった。
この提案には多少の下心があったのは否定出来ない。だが、彼女もあんな事件に出くわして一人でいるのは心細いようで、この提案に安堵の表情を見せた。私にとってそれは、この人を支えてあげたいと思わせる顔だった。
お金を下ろすのは30日にしている。それも正午に、とまで時間も決めている。26日に給料が振り込まれるのでもっと早く下ろしに行ってもいいのだが、そうはしない。友達にはお金に余裕があるんだなぁと言われたりもしたが、なにもそれを誇示するためにしているのではない。勿論、無計画に浪費したりしないし、通帳に蓄えだってある。では、何故この時間かと聞かれれば、きっと内緒にするだろう。聞かれたことはないが、きっと秘密にすると思う。恥ずかしいからだ。この時間によく銀行に来る女性に会いたいからだなんて、他人に言えようはずがないだろう。
今日もいつもの時間にお金を下ろしに行った。銀行の中に入ると、彼女が立って順番を待っていた。自分もその列に並ぶ。待っているのが彼女一人だったので、その後ろにつく。いつ見ても綺麗な髪だ。黒くつやつやの長い髪をストレートに伸ばしている。服装は黒いロングスカートに白いセーターを着ている。
しかし、その時に気になったのは綺麗な髪でもセーターでもなく、かばんであった。白く、女性が持つかばんとしては多少大きめなほうである。彼女は何を入れてるんだろうか、などと思うよりも前に気付いた。今受付で話をしている女性と、彼女のかばんが同じものであったのだ。背格好や服装がその女性と彼女では全く違うため、この唯一の共通点が、不思議な印象を与えたのだった。
しかし、この共通点が彼女を大事件に巻き込むものであると気付くものはいなかった。
「書いてあることだけれども、要約するとこうなる」と言い、緑崩が図に書いて示した
紗響の間 「隣の人はずっと部屋にいた」
砂恵の間 「私はずっと部屋で寝ていた」
沙吟の間 空き部屋
嵯金の間 空き部屋
桜の間 被害者の部屋
羽琴の間 「私はやってない」
兎銀の間 空き部屋
有敬の間 「隣と部屋の前で話していた。犯人はうちより西の部屋の人だろう」
雨峡の間 「隣と話していたが、盗みに行く時間があったかどうかはわからない」
部屋はドアが北向きで、雨峡の間が建物の端である。紗響の間の西側がフロントで、上記の九部屋の反対にも九部屋あり、建物全体がフロントで線対称になっている。そちらに三人と探偵の部屋がある。
「それに、『誰かが嘘をついている。一人だ。一人だけ嘘をついているはずだ。だが、それが誰だかわからない。』と書いてあるな」緑崩がため息まじりに言う。
「う~ん・・・外は雪だし車じゃ来れないし逃げられないもんね~」
この旅館は山腹にあり、駐車場が近くにない。車で来た場合、麓にある駐車場に置く必要があった。駐車場まで旅館の人が迎えに来てくれるのである。
「誰かしらね?う~ん・・・あっ」璃緒が顔を上げた。
「ちょっと被害者のところに寄ってから」そこで言葉を切った。
「犯人のところへ行くわよ」
だったはず・・・・・・